2013年12月23日(祝) 自由学園明日館講堂  2013年12月28日(土) 横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール

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プログラムに掲載されている寄稿文の全文掲載
松村恒氏より、寄稿文をいただきました。プログラムの限られた紙面には載せることができなかった全文を下記に掲載致します。

         マザーグースの心理面への関わり                
                          松村 恒
 「メリーさんの羊」や「きらきら星」などは子供のときから耳にしていました。マザーグースを研究対象として見るようになったのは、ずっと後のことです。いろいろな角度から眺めてみると、単なる子供の唄というばかりでなく、興味の尽きない様々な姿を見せてくれ始めました。そうした側面の一つに心理面との関わりがあります。どうしてそこに思い至ったかを簡単に記してみましょう。
 文学を心理面から考察することは、むかしから行われていました。文学に描かれる人間が心で行動するものであれば、その心理を考えながら文学作品を読み解くことは必然的な営みになります。これがより明確に意識され、精神分析学の成果を取り入れて登場したのが精神分析批評です。文科系の作業に理科系の理論を適用しようとしたもので、伝統的な歴史的・文学的な観察から、精神分析・象徴解釈への方向へと進む契機を作りだしました。それはそれで意義深い試みでしたが、精神分析の浮き沈みと、文学批評の目まぐるしい転回により、移り変わりも激しいものでした。大雑把な言い方になりますが、これはフロイトを開祖と仰ぐ個の心理の観察でした。これに対して集合的無意識を分析の対象とする動き
がユングにより起こされました。これにより、個々人の動きを描く文学作品よりも、各民族の集団としての遺産である作者不明の昔話に適用が試みられることになりました。
 もちろん精神分析も分析心理学も心理療法のためのものであって、文学解釈や民俗解明のためのものではないので、文化現象への適用には難しいものがあります。しかしながら臨床の現場でのマンダラ・箱庭・昔話の利用がクライアントの心の深層を探る手掛かりとなり、また心理療法に役立つものが認識されることにより、そうしたものの持つ価値の別の一面が見直されました。私は童謡も加えられるのではないかと思い始めました。特に作者不明のむかしから口伝えで受け継がれてきた伝承童謡であるマザーグースは、民族の原始心象を反映するものとして、有力な候補になるのではと考えました。心理療法の方面は全くの素人だったので、研究史をたどったり、新理論を構築するということはとてもできませ
んでしたが、先人がこうしたことに言及したことは全くなかったというわけではなく、極く僅かとはいえ、同様の方向を見ていた人はいました。例えば「ハンプティ・ダンプティ」の唄では、初めはハンプティは塀の上に座っているのですが、突如墜落して壊れてしまいます。臨床心理士の教えるところでは、一人っ子でわが天下を享受していた子が、下の子供の誕生によってその地位が揺らいでゆくことを示しています。その状況をよく把握して子供に対処し、かつ唄を親子で唄ってよい状況を作り出すことを勧めています。こうした個別事例を積み重ねてゆくことによって、マザーグースへの適用も昔話に追いつくことができるでしょう。

 本公演の演目を見ると、問題なく子供の唄であるものの他に、怖い唄・暗い唄も採用されています。中には標準的なマザーグース集には収録されていないものもあり、一般の方には目新しいかと思われます。しかし民俗の伝統遺産には、人間の不安や心の暗い面を表現したものがしばしば見られます。「2匹の猫」「森の幼子」「骨と皮の女」等がそうですが、まだ心理療法の部門から専門的に分析がなされていません。これからの研究が期待されるところです。「ソロモン・グラディ」「月曜日から日曜日の歌」は人生の無常を唄ったもので、多分に宗教的な要素が見られます。これらを唄うことによって人生苦を乗り越えようとする意図があるのでしょう。

 今回の公演「奇妙なマザーグースの話」は、もちろんお子様も楽しめますが、音楽・映像共に大人向きに端正なものに仕上がっています。御来聴のみなさまは美しく唄われ演奏されるマザーグースを聴いて、心の面でのカタルシスを果たして頂けることを希望いたしております。


略歴:松村 恒(まつむら ひさし)
東京生まれ。インド説話文学と各地の対応する物語との比較研究を志す。日本・オーストラリア・ドイツ・イギリス・インドで学習と研究。口誦テクストが文字にされる過程に興味を持ち、一事例としてマザーグースにも手を染める。マザーグースの心理療法への効用、諺との関わり等の研究発表がある。口誦詩の成立に口誦定型理論があるが、これの適用がマザーグースにできないかと思案中である。現在は家族と共にニュージーランド在住。

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